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季刊誌『行きて伝えよ』からぜひ読んでいただきたい記事を掲載いたします福音を伝えることの喜び、祈りの力、家族や周囲への祝福など、歩みの中で起こされた神様の導きと働きが綴られています。
長年愛用してきたフランクリンプランナー。ここ数年別のものに乗り換えていたが、ある友人から刺激を受けて(阿部頼義先生ありがとう😊)初心に戻ろうと言う気持ちになり、昨年末からまた使い始めた。一日の生産性、自己管理性爆上がりである。これをお読みの方でフランクリンプランナーの愛用者という方お
本書(55p)より「3. 万人救済主義は、牧会に多大な影響を与えています。仮に、すべての人が十九世紀のトラクトの標題にあるように「救われる運命にある」のであれば、この世における(信仰の)決断の重大性、それに現在における宣教活動の危急性は損なわれてしまいます。この世において、自分の隣人をキリストに
年が暮れる。今年は「終戦80年」としばしば耳にした。しかし我が家にとっての「終戦」は今年だったような気がしている。89歳の父が、今月15日に息を引き取った。父は戦時中、疎開先で比較的恵まれた環境の中で過ごした。医師であった祖父は徴兵を免れ、近親者に戦死者もいなかった。父は「本の虫」であった。読書
本書より「…H・O・J・ブラウンは、万人救済主義支持の動機を「キリスト教事業に関する不毛感と挫折感」と特定し、次のように述べています。『万人救済主義は、まだ回心していない愛する人を持つ人々に対して、明確な情感的説得力を有しているにもかかわらず、それが最も顕著に支持されているのは宣教地においてではあり
※この記事と写真は、2024年11月のものです。今回のCPIコンフェレンスでも再び、「福音中心の…」という奨励を聞いた。福音中心とは具体的に何を意味するのか。それは当然、福音が何であるかという「福音の定義」にかかっている。しかしその定義が、残念ながらと言うべきか、一つではない。伝統的福音派、
「信じる“だけ”で救われる」とは誤解を与え易い言葉である。「ただ信仰によって救われる」がより正確だろう。キリストを自らの救い主として信じた者は、キリストを愛する者になる。キリストを愛する者は、必ずいつかどこかで、キリストを人生の「主」、「王」、即ち「服従の対象」として受け入れる決心をするようになる。
我は今日、あの日の「愛」を思い起こす。あの日の「恍惚」、あの日の「感動」、あの日の「感涙」、あの日の「喜悦」を思い起こす。我は、あの「喜悦」に勝る心満意足を、未だ知らない。我は、あの日から、さすらい人である。神の「喜悦」を知った以上、それ以下に満ち足りるという選択を失った
私は、10代で聖書と出会い、それ以来「福音主義」という聖書価値観から、大きくはズレることなく歩んで来た。特に Lancaster Bible College での4年間は、決定的であった。但し在学時(90年代)の LBC には、所謂「聖書主義」的な、極端とも取れる保守姿勢があった。それには、4年間疑
近所の某教会の掲示板。昨日息子と散歩中に見かけた。福音主義に立つ教会のはずだが、左右両方の記事は、伝統的聖書解釈に真っ向挑みかかって来る内容だ。左は、「天国とは死んだら行く場所ではない」と断定的な物言いをする。来
『驚くべき人間のからだ/神のかたちとして』(ポール・ブランド、フィリップ・ヤンシー共著/いのちのことば社)を読んで 最近『ダーウィンの呪い』(講談社現代新書)という本を読む機会があった。意図した訳ではないが、次に対照的な本書を手にした。両書は、どちらも生物学者の声であり、観察であり、その活動の記録で