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季刊誌『行きて伝えよ』からぜひ読んでいただきたい記事を掲載いたします福音を伝えることの喜び、祈りの力、家族や周囲への祝福など、歩みの中で起こされた神様の導きと働きが綴られています。
「信じる“だけ”で救われる」とは誤解を与え易い言葉である。「ただ信仰によって救われる」がより正確だろう。キリストを自らの救い主として信じた者は、キリストを愛する者になる。キリストを愛する者は、必ずいつかどこかで、キリストを人生の「主」、「王」、即ち「服従の対象」として受け入れる一大決心をするようにな
我は、キリストにありて、我のものに非ず。我は、キリストにありて、とこしえに神のものなり。神もまた、キリストにありて、とこしえに我がものなり。神は、我が最高の満足なり。神は、我が最高の快楽なり。神は、我が最高の恍惚なり。神は、我が最高の慕情なり。我は、今
私は、10代で聖書と出会い、それ以来「福音主義」という聖書価値観から、大きくはズレることなく歩んで来た。特に Lancaster Bible College での4年間は、決定的であった。但し在学時(90年代)の LBC には、所謂「聖書主義」的な、極端とも取れる保守姿勢があった。それには、4年間疑
近所の某教会の掲示板。昨日息子と散歩中に見かけた。福音主義に立つ教会のはずだが、左右両方の記事は、伝統的聖書解釈に真っ向挑みかかって来る内容だ。左は、「天国とは死んだら行く場所ではない」と断定的な物言いをする。来
『驚くべき人間のからだ/神のかたちとして』(ポール・ブランド、フィリップ・ヤンシー共著/いのちのことば社)を読んで 最近『ダーウィンの呪い』(講談社現代新書)という本を読む機会があった。意図した訳ではないが、次に対照的な本書を手にした。両書は、どちらも生物学者の声であり、観察であり、その活動の記録で
EEのクラスでいつか考えさせられる質問を受けた。趣味の剣道は、個人伝道の現場で何らかの役に立っているかと。確かに両方とも「一対一」という意味では共通点がある。ある範士の先生が、「竹刀で対話をする」という深いことを仰っていた。相手の竹刀と触刃(しょくじん)を繰り返しながら、相手の心
私にとってこのテーマは個人的に重い意味を持つ。私の父が熱烈な「優生思想」を持った医師であったからだ。「優生思想」は、本書でも言われているように、ホロコースト以降も「ソフト」な形で現代社会に生き残った。また職業や研究など携わる分野が何であるかによっては、その人の「優生思想」が、ナチスのそれに近い程に絶
はじめに:ソレンセン師『Well Done』の翻訳からEE国際本部総裁ジョン・ソレンセン師の著書(原題 Well Done: Christian Doctrine of Works)を翻訳する作業をしています。この本の内容は、かなり「厳しい」と感じるかもしれません。しかし書かれていることは、す
京都インターナショナルチャーチ ニール・ハートネット兄アダムは人生を心から楽しみ、毎日を最大限に生きるタイプの人です。よく笑い、怒ることは滅多になく、自分を過剰に深刻に捉えることもありません。私の家族とアダムの家族は、私が生まれるずっと前から親しい友人関係にありました。プールに行ったり、バ
栗野 裕加里EEとの出会いは、2024年秋にあったCPI Conferenceでした。私は牧師やミニストリーに関わっていたわけではありませんでしたが、仲良くしてもらっていた宣教師家族が招待してくださったので、参加することになりました。今思えば、EEとの出会い自体が私にとって「天与の