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マタイの福音書21章22〜32節

今日の箇所は、ぶどう園に行って働くよう命じられた二人の息子の話。「親父、今日は勘弁してくれ。無理だ。」と一旦断ったが、申し訳ないと思ったか、結局行って働いた兄。「分かったお父さん、行くよ。」と言って、行かなかった弟。 少し文脈からずれるかもしれないが、昨日読んだある記事を思い出した。時事がこ

マタイによる福音書21章12〜22節

今日のQTです。いよいよエルサレムに入城されたとき、イエス様が最初に向かったのは宮(神殿)だった。それはユダヤ教世界の心臓部とも言うべき所だった。その宗教の堕落ぶりが、ここに反映されている。両替人たちや、いけにえの動物を売買する者たちによって市場化していた。この時のイエス様は、感情をもはや隠

マタイによる福音書21章1~11節

大群衆がイエスを持ち上げる。偉大な預言者、ダビデの再臨、ローマ軍を蹴散らし、王国の再建、重税からの解放。理想は膨らむ一方だ。だがイエスは、彼らが勝手に脳裏に鋳造したメシア像とは違う。そのような小さな目的でこの世に来られたのではない。だから時に、奇跡を行なっても、こうならぬように「人には決して言う

『キリスト教とホロコースト』(柏書房) モルデカイ・パルディール著

最初は図書館でこの本を見かけた。読み始めてすぐ、自分で購入することにした。著者の意図に合意したからだ。クリスチャンにとって、これほど読むことが感情的に難しく、同時に読む義務があると思わされる書はないだろう。本書の記録は、ナチスのユダヤ人迫害に、多くのキリスト教会とクリスチャン(彼らをそう呼ぶ

マタイによる福音書20章29〜34節

この二人の盲人のことを想像する。この時代にあって、盲人であるということの意味を。ツァラアト患者と同じく、彼らは自身か先祖の罪の報いを受けていると見られていた。物理的に見えないだけではない。社会が「希望が見えない」状態に彼らを追いやっていた。ツァラアト患者たちがそうであったように、ここにも同じ

『仕組み』

長年愛用してきたフランクリンプランナー。ここ数年別のものに乗り換えていたが、ある友人から刺激を受けて(阿部頼義先生ありがとう😊)初心に戻ろうと言う気持ちになり、昨年末からまた使い始めた。一日の生産性、自己管理性爆上がりである。これをお読みの方でフランクリンプランナーの愛用者という方お

「あなたは変人になる」

本書(55p)より「3. 万人救済主義は、牧会に多大な影響を与えています。仮に、すべての人が十九世紀のトラクトの標題にあるように「救われる運命にある」のであれば、この世における(信仰の)決断の重大性、それに現在における宣教活動の危急性は損なわれてしまいます。この世において、自分の隣人をキリストに

「終戦」

年が暮れる。今年は「終戦80年」としばしば耳にした。しかし我が家にとっての「終戦」は今年だったような気がしている。89歳の父が、今月15日に息を引き取った。父は戦時中、疎開先で比較的恵まれた環境の中で過ごした。医師であった祖父は徴兵を免れ、近親者に戦死者もいなかった。父は「本の虫」であった。読書

『未来を決する重要な自問』

本書より「…H・O・J・ブラウンは、万人救済主義支持の動機を「キリスト教事業に関する不毛感と挫折感」と特定し、次のように述べています。『万人救済主義は、まだ回心していない愛する人を持つ人々に対して、明確な情感的説得力を有しているにもかかわらず、それが最も顕著に支持されているのは宣教地においてではあり

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